新しいことを求めるから“基礎”に戻る 新しいことを求めるから“基礎”に戻る

新しいことを求めるから“基礎”に戻る

研究を通じて、情報と人の思いをつなげる――。そんな思いでAIの基盤研究に打ち込むビジネスイノベーション本部の大濱郁研究員。「様々な事業を手掛けるパナソニックだからこそ、研究のフィールドも広い」と話す大濱が目指すのは、会社組織の基幹事業の効率化だ。急速に広がるAIの領域は課題も多く、持続的な発展のためには「基礎研究が重要」と語る。

専門外、「直感」でAIに転向

学生時代にコンピュータービジョンが専門だった大濱は、DIGAのソフト開発技術者として2006年に入社。研究をAIに転向したのは3年目のことだった。当時はデジタル家電ブームが低調になり、勤務していた研究所では新しいことを始めようとする機運があった。それまでの研究生活で、専門だったソフトウェア技術が「人の感情のような曖昧な事象を取り扱えないことに、フラストレーションを感じていた」大濱。隣の課にインターンにきていた大学院生の専門分野だったAIに触れ、「この技術なら人の気持ちや困りごとを汲み取る機械が実現できると直感した」

「突き詰めさせてほしい」。上司に申し出て始めたのは、デジタルカメラで撮影した写真を基にした撮影者の行動クラスター分析。夢中で取り組み、論文にはなったものの商品にはならなかった。企業の研究者ゆえ、研究の先には成果としての製品化が求められることは研究機関との違いだ。ただ、大濱は「基礎研究も大切にし、変わった提案をしても応援してくれる上司が常にいる」と笑顔を見せる。

インタビュー風景

フィールドは「無数」

大量のデータを用いて、工場の製品不良率を下げる、来店者の購入品を予測する――。AI研究に取り組む大濱が魅力に感じるのは、パナソニックへの入社動機の1つでもあった、幅広い事業領域だ。AIを導入できるフィールドは「無数にある」。それゆえ、「どの分野に導入できるか見出す能力」、そして「基礎研究を応用領域に広げていくことができる資質」が求められると感じている。

機械学習で、人の意思決定を効率化して、労力やコストを下げる。世界の製造業で導入されているトヨタ自動車の「カイゼン」の次のステップを担うのがAIだと信じる。開発、経営、経理――。会社組織の基幹業務のほとんどは専門知識を持った多くの人のマンパワーにより維持されているのが現状だ。AIによる自社の効率化が成功すれば、他の会社に“輸出”し、自分の研究価値を世界に広めていくことができると見据える。大企業、そして製造業でなければ描けない醍醐味だ。

インタビュー風景

課題解決に備える

急速に身近になっていくAIで大濱が課題と同時に興味を抱くのは、導入後のメンテナンスの全自動化だ。計算機の性能向上により学習は早くなるものの、データの性質の変化による性能の低下はAI研究者の悩みの種。研究者や技術者のメンテナンスがいらなくなるような学習技術がないと、人の手間が増え、AIが持続的に社会の発展に貢献するのは難しいと思う。「特別な調整をしない1度の学習で、最適なモデルを獲得できるAIは実用化にいたっていない」と大濱。こうした問題を解決に導くには、基礎研究が根本にあると信じる。

「本番に備え、日ごろから基礎体力をつける筋トレが不可欠」と自らの研究を消防士に例える。常に人に役立つ成果を求めてきた大濱が目指す、AIを通じた労働生産性の向上は、すでに日本が直面している労働人口の減少に一役買うものになっていくかもしれない。

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